インドは歴史的親日国

インドと日本には、過去も現在も係争事案が存在しません。また、スバス・チャンドラボース率いるインド国民軍を日本が支援したこともあり、インド人は日本に対し親近感を持っています。昭和天皇が崩御された時に、インドは国を挙げて3日間喪に服しました。他国の国家元首の他界に3日間も喪に服するような国家などざらにあるものではありません。

更に、スズキ自動車がインドの車社会に革命を起こし、日本が高度成長を遂げ有色人種として初めて先進国の仲間入りしたこととも相まって、1990年代初頭には日本に憧憬にも似た感情が芽生えました。しかしながら、日本のバブル経済崩壊後、日本企業のインド進出は停滞し、1991年にインドの主要貿易相手国として第2位にあった日本は、2011年現在第13位となっています。

それでも、2009年の世論調査(サンプル:有識者2,007名)によれば、94%のインド人が日本企業のインド進出を歓迎しています。

1998年、インドが核実験を行ない、これに対して経済制裁を課した日本とインドとの関係は一時的に冷え込んだ状態になりました。しかし、この状態を打破したのが2000年8月に訪印した森首相でした。この訪印で、当時のヴァジパイ首相と森首相との間で「日印グローバル・パートナーシップ宣言」が調印されました。

2005年4月に訪印した小泉首相は、マンモハン・シン首相との間で「アジア新時代における日印パートナーシップ:日印グローバル・パートナーシップの戦略的方向性」について合意しました。

2006年12月、小泉首相とマンモハン・シン首相との合意を更に具体化する「日印戦略的グローバル・パートナーシップに向けての宣言」が訪日したシン首相と当時の安部首相との間で合意され、これ以降、毎年交互に日印両国の首相が相手国を訪問することに決定しました。

2007年8月に安部首相が訪印した時には、日本人の総理として初めてインドの国会で演説し、インド人議員に大きな感銘を与えたと言われています。この訪印時、安部首相には経団連会長以下200名近い経営者が同行しました。インドとの経済交流に期待をかける日本側の強力なエネルギーを感じたものです。

2012年12月、その時の首相(安部首相)が再び首相に返り咲きました。これが日印関係に及ぼす意義は計り知れないものと考えてよいでしょう。

インド人が感激して涙したという安部首相の演説「二つの海の交わり」は、外務省ホームページに掲載されています。
(http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/enzetsu/19/eabe_0822.html)

インドのガイドブック


Anal